インドとアフリカを描く

インドは長らくイギリスの植民地でしたから、インドを測量したのは実質的にイギリスでした。支配し始めた当初、測り方はいい加減だったとされます。イギリスにとって、インドの国土を測る目的は、行政上、軍事上の測量に限局されていたからです。

しかし時間が経つにつれ、命懸けの航海で得た測地学を発達させるために、測量の機会を増やしたいと考えるようになり、三角測量も含め、旺盛に測量が行わたのです。

この測量の中では、科学者が驚く事象もたくさん生まれました。その筆頭は、三角測量と天文観測の結果に違いが見られたことです。インドの北部の特殊性は山岳地帯であることですが、その地の誤差の規則性を何がもたらしているのかは、科学者の間で喧々諤々の議論が行われました。

水平角度、基線のといった測定結果にも誤りはなく、仮説として持ち上がったのは、緯度に関する謎でした。緯度は天体観測に頼るほかなかったので、紐に重りを使って星の角度を測りました。この時、地下の密度の差が測定に影響を与えます。つまり鉛直線偏差が生まれます。

この事実については既に科学者も共有していましたが、その共有が徒となり、偏差を余計に評価していたことが後の時代に分かりました。地殻やマントルの形状がその答えです。簡単に言えば、標高が高くても、鉛直線偏差は小さいということです。この事実が判明してからは、科学者が新たに共有すべき知識として、その均衡はアイソスタシーと呼ばれることになりました。

アフリカはインドどころではありませんでした。ヨーロッパの地理関係者は全く何も掴んでおらず、苦労が絶えませんでした。現地の人々は川の位置関係さえ把握していなかったため、ナイル川、コンゴ川、ニジェール川といった大河の水源を確定することに始まり、流路を正確に捉えるための地道な作業に時間が割かれました。

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